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村田 百合香 

シニアアナリスト

タレント・リワードセグメント
経営者報酬部門

コーポレートガバナンス・コード(以下、「CGコード」)が昨年より施行され、報酬(諮問)委員会の設置企業数が大幅に増加するなど、ガバナンスに対する議論や各社の対応が活発化している(詳細は「報酬委員会の設置と議論の充実」ご参照)。そうしたなかで金融機関については、全上場企業を適用の対象とするCGコードに加え、金融庁から公表されている「監督指針」についても適用の対象となるため、CGコードとは別の視点からもガバナンスが求められている。

金融機関以外の企業からみたとき、このような金融機関固有のガバナンスの課題は対岸の火事と捉えるべきものなのであろうか。米国では、クローバック規制(権利確定・支給済みのインセンティブ報酬について、特定事項が発生した場合に没収・返還させる条項)など、金融機関に課されている規制に端を発して、他の事業会社向けの規制へと波及した経緯があり、今後、金融機関特有のプラクティスや規制が、事業会社向けの規制へと波及する可能性がある。こうしたことから、金融機関に限らずあらゆる業界の報酬ガバナンスにおける今後の展望を一考する材料のひとつとして、金融機関を対象とした報酬規制についてとりあげたい。

2008年の金融危機が発生した要因のひとつとして、従来の金融機関のインセンティブ報酬体系が短期収益の成果主義であり長期的なダウンサイド・リスクについては軽視しがちである点が挙げられて以来、金融安定理事会(FSB)が公表した「健全な報酬慣行に関する原則」を基礎として、各国・地域で報酬ガバナンスについての議論が活発となり、欧州では資本要求指令Ⅳ(CRD Ⅳ)において報酬に関する考え方が公表された。米国においては2016年5月に証券取引委員会(SEC)などの監督当局から市中協議文書「Incentive-Based Compensation Arrangement」が公表されたばかりであり、世界的な金融センターを有する米国における、金融機関に対する報酬規制の新たな方向性が明らかになってきている。

その市中協議文書「Incentive-Based Compensation Arrangement」では、報酬委員会の設置や委員会メンバー構成の適正化が求められており、日本のCGコードと同様のガバナンス体制の構築が示唆されている。一方で、報酬委員会へのリスク管理部門による関与が求められるなど、リスク管理の観点を報酬に十分に反映することが重視される点は、CGコードにはない金融機関を対象とした報酬規制の特性のひとつとして挙げられるだろう。これは、金融における事業特性として収益とリスク・エクスポージャーの時間軸(*1)が異なるため、収益と連動した報酬へのリスク調整が重要であることを反映したものである。

また、リスク管理を報酬にリンクさせるにあたり、対象となる企業を資産規模で「レベル1」、「レベル2」、「レベル3」の企業カテゴリに分類し、社会インフラとしての責任と重要度を明確にしたうえで各々について報酬制度に対する要件を明示している。さらに、対象となる役職員については「シニア・エグゼクティブ・オフィサー」や、全社業績に重大な影響を及ぼす可能性がある「重要なリスクテイカー(以下、「SRT」、Significant Risk Taker)」というカテゴリを設けるとともに、より規模の大きな企業や、より大きな全社業績への影響度を有する役職員に対して、それらがより大きなリスクを有している可能性が高いと整理し、厳格な報酬規制の要件の充足を求めている。これらの企業・役職員のカテゴリに従って、報酬の繰り延べ期間、繰り延べ報酬の比率、クローバックの最低適用期間(例えば、シニア・エグゼクティブ・オフィサーやSRTの場合、権利確定した時点から最低7年間)の設定が求められるなど、企業・役職員のプロファイルによって、「あるべき」とされる報酬体系は異なっているのである。

【規制適用の対象企業・対象者の選定】

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このような基本的な枠組みに基づき、報酬とリスク管理の紐付けや、適用対象者毎の報酬の取り扱いの議論の実施が金融機関に求められている。すなわち、リスク管理の文脈からは、報酬を決定する段階で判明しているリスクを報酬に織り込む「事前のリスク調整(*2)」や、報酬を決定した後になって判明したリスクを事後的に報酬に反映させるクローバックなどの「事後のリスク調整」を実施しなければならない。そして、実際に各企業で各対象機関や対象者に適用するにあたっては、報酬委員会による議論・レビューが不可欠とされる。

これらは、「One size does not fit all」の考え方に基づいておこなわれており、日本のCGコードにおいて各社の状況を適切に反映させた報酬制度が求められているのと同様である。従って、リスク管理についても、それをいかに報酬に反映させるかは業種やビジネスモデルによって異なるべき、ということになる。また、日本国内における適用方法を検討するに当たっては、過度なリスクテイクを助長するようなインセンティブ報酬体系ではないことを鑑みると、とくに「事後のリスク調整」の導入は慎重に検討するのが妥当であろう。

いずれにしても、事業に大きな影響を与える可能性のある「リスク」を事前・事後的に報酬へ反映するという発想は、ガバナンスの観点から金融業以外の企業にとっても有意である。また、報酬に関する議論の場としての報酬委員会の役割の重要性も同様に業種を問わず当てはまるものであり、それは今後一層増していくといえるだろう。


(*1) リスクが顕在化するまでの時間軸

(*2) 金融機関においてはリスク調整を施した指標(例:Risk-Adjusted Return on Capital)を用いた評価などが想定されるが、金融機関以外の場合でも期中には不確定要素であった為替の影響が、報酬を決定する段階で判明している場合には、為替の影響を報酬に加味することなどが考えられる


▓ 執筆者プロフィール

村田 百合香 (むらた ゆりか) 
シニアアナリスト
タレント・リワードセグメント
経営者報酬部門

国内大手上場企業に対する経営者報酬コンサルティングとして、インセンティブ制度の設計支援、報酬委員会の導入・運営サポート、日本企業の海外子会社役員報酬ベンチマークに関するプロジェクト、および国内大手企業を中心とした経営者報酬データベースの編集・分析に携わる。M&Aにおける人事デューデリジェンスの経験として、買収先経営者の報酬レビュー、リテンション戦略の策定など、主に日本企業による海外法人の買収事案に関与する。

ウイリス・タワーズワトソン入社以前は、証券会社にて欧米株式リサーチ業務に従事し、米国、欧州、インド、ブラジル株式を担当。ブレントオイルなどコモディティのブローカレッジ業務にも従事。

小樽商科大学商学部卒、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員